見どころ・作品紹介

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■日本を代表する画家・彫刻家の代表作がズラリ!
本展は東北から九州まで70を超える日本全国の美術館や所蔵家が所蔵する名品を集めました。日本近現代美術史に名を残す作家の名作を一度に鑑賞できる貴重なチャンスです。約100人の傑作をお楽しみください。
■あの巨匠たちの若き日の研鑽のあとがうかがえる瑞々しい作品の数々!
安井曾太郎、東郷青児、小出楢重らの画家としてのデビュー作のほか、岸田劉生、藤田嗣治、佐伯祐三、古賀春江、岡本太郎らの若き日の野心作が一堂に会します。画家たちの研鑽の場としての二科展の雰囲気を感じて頂けることでしょう。
■こだわり!すべてが出品作
今回の展覧会で紹介する作品は、すべて二科展出品作です。戦争による焼失、行方不明などにより、出品作を探し出す作業は困難を極めましたが、本展では二科展出品作にこだわり、100年間続く二科展の気風を再現しました。
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【主な出品予定作家】
有島生馬、石井柏亭、岡本太郎、岸田劉生、北川民次、国枝金三、国吉康雄、熊谷守一、黒田重太郎、小出楢重、古賀春江、児島善三郎、佐伯祐三、坂本繁二郎、里見勝蔵、関根正二、津田青楓、東郷青児、中川一政、中川紀元、鍋井克之、長谷川利行、林武、藤川勇造、藤田嗣治、堀内正和、正宗得三郎、松本竣介、村山槐多、安井曾太郎、山口長男、山下新太郎、湯浅一郎、吉原治良、萬鉄五郎
ザッキン、ジェレニェウスキー、マティス、ロートなど
※開催会場によって出品作家は一部異なります。
有島生馬
《 鬼 》
第1回展(1914年 東京都現代美術館蔵)
村山槐多
《 庭園の少女 》
第1回展(1914年 福島県立美術館蔵)
※各会場半期展示。詳しくは各会場にお問い合わせください。
山下新太郎
《 端午 》
第2回展(1915年 石橋財団石橋美術館蔵)
岸田劉生
《 静物(湯呑と茶碗と林檎三つ) 》
第4回展(1917年 大阪新美術館建設準備室蔵)
岸田劉生
《 初夏の小路 》
第4回展(1917年 下関市立美術館蔵)
萬鉄五郎
《 もたれて立つ人 》
第4回展(1917年 東京国立近代美術館蔵)
関根正二
《 姉弟 》
第5回展(1918年 福島県立美術館蔵)
石井柏亭
《 団扇をもてる女 》
第7回展(1920年 東京都現代美術館蔵)
国枝金三
《 栴檀の木の家 》
第8回展(1924年 大阪市立美術館蔵)
藤川勇造
《 マドモアゼル・スザンヌ 》
第9回展(1909年 東京国立博物館蔵)
※東京展のみの展示となります。
黒田重太郎
《 一修道僧の像 》
第10回展(1922年 個人蔵)
小出楢重
《 帽子をかぶった自画像 》
第11回展(1924年 石橋財団ブリヂストン美術館蔵)
坂本繁二郎
《 帽子をもてる女 》
第12回展(1923年 石橋財団石橋美術館蔵)
佐伯祐三
《 リュ・ブランシオン 》
第13回展(1925年 個人蔵)
吉井淳二
《 踏切りのある風景 》
第14回展(1927年 鹿児島市立美術館蔵)
東郷青児
《 ピエロ 》
第15回展(1926年 東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館蔵)
佐伯祐三
《 新聞屋 》
第15回展(1927年 個人蔵)
東郷青児
《 超現実派の散歩 》
第16回展(1929年 東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館蔵)
川口軌外
《 バナナのある静物 》
第16回展 (1928年 和歌山県立近代美術館蔵)
古賀春江
《 素朴な月夜 》
第16回展 (1929年 石橋財団石橋美術館蔵)
鈴木信太郎
《 象と見物人 》
第17回展(1930年 一般財団法人そごう美術館蔵)
※東京展のみの展示となります。
鍋井克之
《 春の浜辺 》
第18回展(1931年 大阪市立美術館蔵)
坂本繁二郎
《 放牧三馬 》
第19回展(1932年 石橋財団石橋美術館蔵)
国吉康雄
《 サーカスの女玉乗り 》
第19回展(1930年 個人蔵)
高井貞二
《 感情の遊離 》
第19回展(1932年 和歌山県立近代美術館蔵)
藤田嗣治
《 メキシコに於けるマドレーヌ 》
第21回展(1934年 京都国立近代美術館蔵)
松本竣介
《 建物 》
第22回展(1935年 神奈川県立近代美術館蔵)
※大阪展・福岡展のみの展示になります。
アンリ・マティス
《 青い胴着の女 》
第23回展(1935年 石橋財団ブリヂストン美術館蔵)
吉原治良
《 作品1 》
第26回展(1939年頃 大阪新美術館建設準備室蔵)
桂ゆき
《 土 》
第26回展(1939年 広島県立美術館蔵)
織田廣喜
《 黒装 》
第31回展(1946年 福岡市美術館蔵)
鶴岡義雄
《 化粧 》
第32回展(1947年 筑西芸術の森蔵)
岡本太郎
《 重工業 》
第34回展(1949年 川崎市岡本太郎美術館蔵)
堀内正和
《 線A 》
第39回展(1954年 兵庫県立美術館蔵)
山口長男
《 地形 》
第45回展(1960年 福岡県立美術館蔵)
淀井敏夫
《 聖マントヒヒ 》
第51回展(1966年 東京藝術大学蔵)
北川民次
《 夏の宿題 》
第55回展(1970年 個人蔵)
※大阪展・福岡展のみの展示になります。
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 文部省美術展覧会(文展)の監査に不満を抱いた一部の洋画家たちが、新旧二科制度を文部省に願い出ますが聞き入れられず、ついに文展を離れ在野の公募展を立ち上げました。そうして結成された「二科会」は、1914年10月1日に上野竹之台陳列館で第1回展を開催します。以来、はじまった二科展は、サロン・ドートンヌとの交換展、在外作家制度など、海外の新しい美術動向に積極的な姿勢を打ち出し、文展とは異なる路線を歩み始めます。アカデミズムと対極の場で、二科会が果たしたその役割は大きく、アクションや独立美術協会をはじめ、二科会から数多くの運動や分派がうまれました。1935年帝展改組により一部の創立メンバーが帝国美術院会員となった際には退会を促されるなど、二科会の画家たちは在野であることにこだわります。
 その後、戦争へとむかう時代の流れのなかで、二科会はついに1944(昭和19)年解散を余儀なくされたものの、再結成後はパリ、メキシコ、ロシアなど海外での展覧会開催や、社団法人化(現在は公益社団法人)、絵画、彫刻以外のデザイン、写真の分野への拡大を図るなど、更なる発展を目指して今日に至ります。100年もの長い期間、美術家たちの切磋琢磨する研鑽の場として続いた二科展について語られる作品やエピソードは尽きません。在野公募展の雄として、二科展は今もなお、その一貫した歩みを続けているのです。

 今回の二科100年展では、常に時代を先取りしてきた二科展の100年の歩みを草創期、揺籃期、発展そして解散、再興期の4期に分け、あらためて明らかにします。それはまた、日本近現代美術史における二科展の意義を浮き彫りにすることにもつながるでしょう。
【1】草創期
1914(大正3)年10月、石井柏亭、山下新太郎、有島生馬、坂本繁二郎、梅原龍三郎、津田青楓、斎藤豊作ら11名を鑑査委員とし、上野竹之台陳列館で第1回展が開催される。彫刻部は第6回展から新設された。
【2】揺籃期
1920〜30年には神原泰や中川紀元が中心となったアクションをはじめ、里見勝蔵、小島善太郎らの結成した1930年協会、児島善三郎らひきいる独立美術協会など、二科会で活躍する画家たちによる運動や分派がうまれる。
【3】発展そして解散
1934年に藤田嗣治を迎え入れた二科会は、さらなる発展を遂げ、藤田、東郷青児を顧問に据えた九室会なども結成される。1935年には石井、有島、山下ら一部の創立メンバーが二科会を去り、1944年ついに二科会は解散へ。
【4】再興期
戦後、いちはやく動いた東郷や、高岡徳太郎らが中心となって二科会は再結成される。海外進出、社団法人化など、再興するためのさまざまな工夫がなされて今日に至る。
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伝説の洋画家たち 二科100年展/ロゴ

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